『DAZN・Jリーグ推進委員会』で今季からスタートしているエル・ゴラッソの月間表彰。マッチレポート紙面から、その月で一番グッとくるカットを表彰する「Jリーグ月間ベストカットb y E LGOLAZO」では、J1第30節仙台vs徳島のマッチレポートから、石井秀典選手の決勝点後の場面を選出し、インタビューを実施した。
あのゴールに隠された秘話や、残留を目指して戦う中で石井選手が何を考えているのか─。
取材日:10月9日(土) 聞き手:柏原 敏
――劇的決勝弾でした。CKで岩尾憲選手のキックをムシャガ・バケンガ選手が合わせ、そのこぼれ球を押し込みました。準備どおりでしたか?
「試合後にセットプレーを考えたスタッフと話したときに、“僕をあそこに配置した意図”がこれ(こぼれ球を狙うため)だったそうで『理想どおりになった』と言っていました。すごいところにこぼれてきて、ラッキーだと思いました」
――6連敗のあとの、残留争いの下位直接対決でした。あの時間帯にCKで前線に向かう心境について。
「負ければ順位が入れ替わる一戦でした。それに至るまでの1週間の準備にも、いつも以上の緊張感が間違いなくあったと思います。僕自身、試合中にナーバスな部分がありました。予想はしていましたが堅い試合展開になり、良くも悪くも焦らずにやろうと考えていました。CKの場面、気持ちはいつも同じで『みんなで決める』と思っていました。守備側からするとあの時間帯のセットプレーは怖いものですし、攻撃側からすると何か起きるかもしれない思う状況でした」
――そんな中での得点でした。
「すごくうれしかったです。これで勝ちが見えてくると思いましたから。ただ、振り向くと仙台の選手の多くが『オフサイド! 』と手を上げていたので『やってしまったか……』という感じでした」
――オフサイドではない自信はありましたか?
「自信なんてまったくなかったですよ(笑)。相手にあそこまで冷静に手を上げられると……」
――でも、逆の立場なら「オフサイド」って言うでしょう?
「絶対、言いますね(笑)。100%、間違いなく!」
――VARの結果は正式な得点でした。試合後、得点の要因について「日頃の行い」と表現されました。どんな回答よりも石井選手に相応しい回答でした。
「『運』というか、ここまで積んできた『徳』を使ったのではないかと感じました」
――翌日、阿部雄介マネージャーと話す機会があり、「チャン(石井の愛称)のコメントどおり『日頃の行い』だったと思う」と言っていました。
「それはうれしいですね。同い年でもあるので。『マネージャーは見ていた!』と一言書いておいてください」
――「日頃の行い」のエピソードも尋ねられて「ゴミを拾うとか、片付けとか、見落としがちなことを当たり前にできているかどうか」と回答されましたね。
「僕はそういうことだと信じています。自分の子どもたちにもよく言うんです。『いいことをすればいいことが返ってくる。悪いことをすれば悪いことが返ってくる』。結果的に仙台戦のようなことにもつながったと思いますし、自分の信じていることが間違っていないともあらためて思うことができました。
いつごろからそんなふうに考えるようになったか覚えてはいませんが、山形在籍時にすごくお世話になった方から『まずはゴミの分別をしっかりしろ』と言われたことが印象に残っています。ゴミの分別って意外と知らないことないですか? 自分もすべて正しくできているかどうかわかりませんよ。でも、そういうことも含めて見落としがちなことだと思うんです。それがきっかけで『当たり前のことをする』という意識が強くなったように感じます」
――当たり前を“無意識”でできるようになっていったのですね。“無意識”という視点で、ひとつ聞いてみたい話題がありました。とても視野が広い選手だと思います。記者が練習中に遠くの方で携帯電話を触っていたら「仕事中に携帯ばっかり見てサボってるんじゃないよ!」と言われたのは初めてでした(笑)。無意識で、いろんな情報が視界に入るのですか?
「無意識です。なんとなく目に入って、頭に残っているだけです。でも、どの選手もできることですよね?」
――少なくとも石井選手以外に「サボるな」と指摘されたことはありません。
「(笑)。それ、気付かれているかどうかは別の話で、ほかに誰も言わないだけでしょ」
――その話、いいポイント! 「 気付いたことを言葉に出して言う」。“石井秀典”というアイデンティティーを感じます。
「よくしゃべるのは自分自身の特徴で、それは練習中も当然ながら大事にしています。でも、見えたことや聞こえたことに反応しているだけです。基本的にどんな話題にも乗っかっていくタイプで、特に面白いことや楽しいことが好きなだけです。携帯電話の話も同じですけど、それを言うと面白い気がするじゃないですか(笑)」
――理由は一概に楽しいからだけとは感じません。石井選手を取材していて感じるのは、逆の場面もあります。例えば言いづらい相手であっても、言いづらい内容であってもハッキリと言います。
「確かにありますね。あえて空気を読まずに言ってみるときもあります。良い方向に進みたいという気持ちがあるからこそ『これを言うとどうかな?』と思うことも意識的にひとつ踏み込んで言ってみて様子をうかがったりとか」
――そういう行動も組織を強くする要素なのではないかと感じます。技術、戦術、さまざまな要素はあります。ただ、根本はどんな11人がピッチに立っているかどうかが重要な気がします。
「間違いなく大切な部分だと思います。そもそも、1日を通して考えたときにサッカー選手でいる時間は短いですよね。もちろんサッカー選手なので24時間サッカー選手ではありますが、練習している時間は2~3時間程度です。その他の時間はサッカー選手でもありますけど、ひとりの人間です。例えばご飯を食べに行くとしても、ひとりの人間として行くわけですから。そこで『ありがとうございました』、『ごちそうさまでした』と言えるか。当たり前のことですけど、僕はすごく大事だと思います。そして、そういう人が多いチームこそ、僕は強いのではないかと思っています」
――直結する話かもしれません。仙台戦後、石井選手の良さについて岩尾選手が「人間性だと思います。サッカー選手としてもそうですが、ひとりの人として、ひとりの父親として」と話をされていました。
「自分以外の人からそう言ってもらえるところはうれしいことです。自分のことって、自分で評価できませんから。生き方として間違っていなかったのではないかと思わせてくれます」
――ついでに、「基本的に落ち込んでいるところを見ない」と岩尾選手は言っていました(笑)。
「(落ち込むことが)あるに決まってるじゃないですか(笑)。めちゃくちゃ落ち込む日はそんなにないかもしれませんが、練習がうまくいかなかったときは『明日頑張ろう』と切り替えてすぐ帰るようにしています。
実は、プロ2年目(09年、山形時代)にオーバートレーニング症候群と診断されたことがあります。これ、表に出ていた情報だったかな? でも、昔の話なので大丈夫です。全部が全部、自分の責任と思い込んでしまっていた時期がありました。ほとんど関わらなかった失点でも、自分がこうしていればと毎日のように深く考えてしまったりして。3カ月くらい休んだと思います。そこから大きく考え方が変わりました。プロ14年間を振り返っても、いろいろと考えた時期でした」
――さまざまな過去を乗り越え、『徳』を積み続けて迎えた仙台戦。同日、誕生日を迎えた奥様に向けてメッセージを伝えた試合後のフラッシュインタビューも最高でした。
「(爆笑)。いやー、あれは失敗しました。よくわからない文脈の流れで言ってしまったじゃないですか。自分自身が試合2日前に誕生日だったことを聞かれたのに、急に『今日、妻の誕生日なので。おめでとう』と言ってしまって(笑)。よくわからない流れでしょ。『一言いいですか?』とかを挟めばよかったんですよ。インタビュアーの方がリアクションに困る展開にしてしまいました。そこだけ落ち込んでいます!」
――いずれにせよ大胆でした。
「恥ずかしいことではまったくありませんから。テレビの前で妻に『愛しています』と言っても僕はまったく恥ずかしくありません。事実なので」
――奥様の反応は?
「帰宅したときはもう寝ていましたけど、試合後に電話で話したときは『すごくうれしかった』と言ってくれました。『なんであんな場で言ったの!?』みたいなリアクションではありませんでしたよ。本当に『ありがとう』という感じでした」
――その場面、市立船橋高の先輩であるペナルティのワッキーさんもSNSで『#ワッキーチョイス』としてピックアップされていました。
「(笑)。お話は耳にしていました。過去に挨拶をさせていただいたことがあるのですが、見ていただいていることを知ってすごくうれしかったです」
――サッカー的な観点で、9月を総括してください。
「厳しい状態であったことは間違いありません。ただ、きっかけを得られた時期でもありました。そして、サッカーで一番大切な“やらなければいけないこと”を、あらためて全員でできるようになったと思います。
敗戦はしましたが、第28節・名古屋戦(0●3)の前半で『あっ、みんな変わったかな』とすごく感じました。チームは生き物なので、ひとつのきっかけで変わります。それは人がやっているから当たり前のことだとも思います。ひとつ手応えをつかむと『これをやればいい試合ができる』という感覚を得られることがあります。ここで足を伸ばせられれば、ここで体をぶつけられれば。ここまでできればJ1でも勝利が見えてくるのではとあらためて感じられるきっかけになりました」
――素朴な質問です。「手応え」という表現は曖昧なものですが、何だと思いますか?
「感覚でしょうね。はっきりとした結果が出ればよりわかりやすいのかもしれません。ですから、名古屋戦のように敗戦した試合で自分たちの進むべき方向性が見えるというのは珍しいかもしれません。連敗していたので良い部分を見つけようとしたのかもしれませんが、いずれにせよきっかけになった試合でした」
――それまでの連敗中も足を伸ばし、体も張っていました。それでも、なぜ名古屋戦がきっかけになりましたか?
「はっきりしたことはわかりません。でも、これまで練習で積み上げてきたものが守備でも攻撃でも出ました。先ほど『運』や『徳』という話をしましたけど、前提としてはこれまで練習でやってきたことしか試合では出ません。その積み重ねてきたものが、少しずつですけど出せるようになってきたのではないかと思います」
――この先も、良い日もあれば、悪い日もあると思います。その上で、どんな戦いをしたいですか?
「この先も、いままでも、どういう戦い方をしたいかは変わりません。ただ、山形在籍時も含めてJ1でのプレーは4年目の経験になりますが、100%の力では勝てない。120%でプレーしたとしても勝てるかどうかわからないのがJ1だと僕は感じています。もちろん強いチームはそうではないかもしれませんが、僕たちの現状を踏まえればそうではありません。目の前の1試合にどれだけの力を注げるか、120%以上の力を全員が注げるか。情熱のような気持ちの部分が大きいかもしれません。1試合で状況が大きく変わるタイミングです。この1試合、目の前の1試合。そこへ全力で向かうだけです」
――「まだまだうまくなりたい。サッカーが好き」。これまでも言葉にされてきた気持ちが、このインタビューにもにじみ出ていました。
「本当に、サッカーが大好きです!」
石井 秀典(いしい・ひでのり)
1985年9月23日生まれ、36歳。千葉県出身。180cm/70kg。幸町第二中→市立船橋高→明治大→山形を経て、15年から徳島に加入。 J1通算85試合出場3得点、J2通算278試合出場11得点。
(BLOGOLA編集部)
2021/10/25 23:17