何となく全てがうまく運ばない。球際へのアプローチがどことなく弱い。サッカーって不思議なもので、チームまるごとがユルくなってしまうことがあるんですよね。単純な肉体的疲労のせいばかりとも言えない、全体を覆う倦怠(けんたい)感のようなもの。第34節熊本戦の前半はまさにそんな感じでした。ひとたびそこにハマってしまうと、その流れを変えるのは非常に難しい。「ウチはそんなことができるチームじゃない。だからハーフタイムに喝を入れなきゃならないんだよ」と、田坂監督も言います。
でも、これは個人的な見極めだけど、流れを変えるスイッチになろうと頑張れる男を、わたしは知っている気がする。試合終盤、みんなの足が止まりかけたとき。どうにも攻撃の形をつくれずに重苦しい時間が流れるとき。そんなときにがぜん、輝きを見せるヤツ。停滞する流れを突き抜けるように、見えない壁をぶち破るように、運動量を増して前へと走る、そう、井上裕大選手です。
昨季第6節愛媛戦。東日本大震災の影響で10月19日に開催されたあの試合でも、攻めあぐねる状況を打開しようと、井上選手はライン際で勢いよく突破を仕掛けました。そして相手選手と接触。右足関節骨折、全治3カ月という診断でしたが、その後もその2次的な影響や小さな負傷の連続で、予定よりも長いリハビリ期間を過ごすことになりました。
面倒見がよくて細やかに気を遣えるリーダータイプ。新加入の選手に聞けば必ず「最初に裕大くんがよくしてくれたから仲間に溶け込みやすかった」と言います。そんな井上選手が、紅白戦を横目で見ながら黙々とピッチを走る姿を、わたしたちは今季ずっと見守ってきました。早く治せとも言えず、ただ「待っている」としか伝えられない状況で。
その井上選手が、ついに11カ月ぶりに大銀ドームのピッチに立つときが近づいています。「ホームでけがしたんでホームで戻れそうでよかったッス」と、久々の囲み取材で彼はちょっと照れくさそうな笑顔を見せました。怪我している間にシステムは3-5-2に変わり、練習試合や紅白戦で任されたポジションはアンカーでしたが、もし今節出場するとすれば2シャドーの一角。最近では為田選手が務めていた位置になります。丸谷拓也選手との「同年同月同日生まれ」のコンビネーションになるかもしれません。
実はこの位置、今節は重要なポイントです。栃木の両サイドハーフが中に切れ込んでくるため、大分のアンカーの両脇をケアできるよう、対人に強い丸谷選手と井上選手が起用される可能性が高い。井上選手自身もそれを理解していて「ぶっちゃけ俺ッスね。俺がうまく機能するかどうかです」と責任を感じている様子です。
成長めざましい為田大貴選手にも出場しつづけてほしいけれど、この時期に井上選手が復帰することは大変心強い要素。宮沢正史選手も「ボランチは誰が出ても役割をこなせる」と言うほど、中盤の層は厚みを増してきました。他の選手たちともポジションを争うことで、ますますチームの底上げにつながるでしょう。
田坂監督も「アイツは声を出せる。こういう状況で仕事ができる」と、井上選手を評価します。「悪い流れを変えることができるとまでは言わない。それはとても難しいことだから。でも、よくない流れを敏感に感じ取る嗅覚は持っている」。
そして長かった入院期間中、山崎哲也U-18コーチが山のように送ってきてくれたリーガのDVDで続けたイメージトレーニング。「脳内ではチャビですよ。でもピッチに立ったらただの井上だけど」と笑っていましたが、紅白戦を見る限り、ちょっとレベルアップしているようにも思えるあたり。
ますます混迷をきわめる昇格争い。ラストスパートが結末を左右する終盤戦に、またも井上選手の存在感が際立つのでしょうか。まずはピッチにその姿が戻ってくるのを心待ちにしたいと思います。
(大分担当 ひぐらしひなつ)
2012/09/21 18:38