本田も初めは黙って監督の指示を聞いていた。ただ、それにしても指示の時間が長い。さらに、水休憩を取る練習の合間でも、両者は何度も確認作業を行っていた。静かに聞いていた本田が、少しずつ言葉を発している。それに対して指揮官はさらに指示を送る。明らかに、両者がヒートアップしていく様子が、見て取れた。
全体練習が終了した。それでも、二人のディスカッションは止まらない。矢野通訳が、ぴったりザッケローニ監督と本田の間に寄り添い、両方の意見に余計な相違がないよう伝達を続けている。
本田のアクションも、時間を追うごとに大きくなっていった。練習が終わっているにもかかわらず、緑色の背中に『10』(試合時の背番号は4)と書かれたビブスを脱ぐことも忘れ、両手を前方や斜め前に出して、動き方を主張している。途中、現場に遅れて到着した長友佑都が挨拶のために二人に近づいたときは両者とも笑顔がこぼれたが、すぐに真顔に戻り、再び二人の世界に突入していった。
「なんでわからないんだ」。ザッケローニ監督がそんなセリフがお似合いのリアクションを取っていく。対する本田も監督の話を途中で制して、さらに自分の主張を重ねていく場面もあった。
誤解を招く前に言っておくが、これは喧嘩ではない。ただ単にお互いの感情をぶつけ合うようなだけの生産性のないものではない。あくまで戦術、プレーのディテールに関する、意見の相違。それを、彼らは堂々とぶつけ合っていた。
最後は両者とも頷きながら歩きはじめ、何度か再度確認をするために足を止めては言葉を交わしたが、冷静な態度で終息を見た。それでも、徐々に誰も近寄ることができないような、ピリピリとした緊張感や雰囲気を醸し出していたのも事実。それは、プロ対プロの意地とリスペクトがあるからこそ、漂った空気だったとも言えた。
実は彼らのやり取りを、途中までそっと近くで見ていた選手がいた。青山である。
ちょうど本田の対戦相手側のボランチに入ったことから、プレーが止まって本田が指示を受けていたときも、すぐ横に立っていた。指揮官とエースが真剣に意見をぶつけ合うその光景に、彼は多くのものを感じ取っていた。
「どういう意識やイメージを持って、本田がこの代表でプレーをしているのか。それを、僕はあの場面から聞けると思った。もちろん本田には自分のプレーに対する明確な考え方があるわけで、その中でどうやってザッケローニ監督が掲げるコンセプトや戦術とバランスを取っていこうとしているのか。それを、話の中で少し聞くことができた。もちろんチームのことだから細かいことは言えないけど、僕が聞いていた中では、監督が言っている意見も、本田の意見も、両方すごく理に適っているものだった。そこをすり合わせるために、彼らは必死になってコミュニケーションを取っていた。あれを見て、すごく強く感じました。『こういう姿勢こそ、プロなんだ』と」
(BLOGOLA編集部)
2013/08/12 22:00