『DAZN・Jリーグ推進委員会』としてJリーグアウォーズで受賞した選手たちにインタビューを行った。
エル・ゴラッソは、J1第37節C大阪vs名古屋の試合でのゴールが『最優秀ゴール賞』に選ばれた名古屋・柿谷曜一朗にインタビュー。Jリーグアウォーズ当日に、喜びの声を聞いた。
話は憧れのヒーローである大久保嘉人、今季の名古屋についてなど、多岐にわたった。
取材日:12月6日(月) 聞き手:斎藤 孝一
──第37節・C大阪戦の得点が『最優秀ゴール賞』に選ばれました。まずは率直な感想をお聞かせください。
「ノミネートを含めて本当にたくさんのゴールがある中で、選んでもらえるようなゴールを決めることができてうれしいです。シーズンの最後のほうだったのがよかったかもしれないですね(笑)」
──自らボールを浮かしてからのバイシクルシュートでした。ゴール場面について振り返るとき、いつも「ひらめき」や「体が勝手に反応する」とおっしゃっていますが、このときは?
「そのとおりです。シン(中谷進之介)のボールタッチが大きくなったときに、いい感じで僕のところに転がってくると思いました。シュートを打つにはあの形しかないと、体が反応しました」
──シュートシーンを映像で見返したと思いますが、感想は?
「自分の感覚として『打つまでが速かったな』と思っていましたけど、映像で見返しても速かったので、それが決まった要因だと思います」
──それにしても、ヨドコウ桜スタジアムという場所も、憧れのC大阪・大久保嘉人選手の引退前ホーム最終戦というシチュエーションも、シュート体勢も軌道も完璧でした。
「打った瞬間、ポストに当たって入るか外れるかのシュートになると思ったので、入ったときはすごくうれしかったですね。それに嘉人さんと対戦できる、同じピッチでプレーできる最後の試合だったので、試合前からやっぱり感情的になるところがありました。個人的な思いですけど、嘉人さんに憧れていたぶん、最後だと思うとやりにくい部分も正直ありました。でも、まさかその試合で自分がゴールできる、それもまさかオーバーヘッドで、みたいなことは思ってもいませんでしたし、嘉人さんには申し訳ないですけど『主役をとっちゃった』という気持ちになりました(笑)」
──試合後には「僕に嘉人さんが乗り移ったかのようなゴール」と話されていました。
「嘉人さんは、本当にすごいプレーやすごいゴールを僕が小さいころから決めていました。それに魅せられてプロサッカー選手を目指しました。その嘉人さんの目の前で『お疲れ様』という意味も込めてゴールできたのは、本当にうれしかったですね」
──大久保選手と、あのゴールに関する話はしましたか?
「あの人は他人のゴールを褒めることができない人なので(笑)。それよりも自分がゴールを取ることだけを徹底してやってきた人だと思うし、それにしては珍しくちょっとだけ褒めてくれたのでうれしかったですけど…、悔しそうでしたよ。自分があのゴールを決めたかったという気持ちが伝わりました。ほかにもたくさんの人から『おいおい、今日じゃないだろ』って、言われました(笑)」
──大久保選手は自分にとってのヒーロー。C大阪で一緒にプレーをして、兄弟というか師弟のような関係だという話もされていましたが、最後にゴールを奪ったことで、ある意味「師匠を超えた」という感覚もあったのでは?
「いやいや、最後まで手の届く存在ではなかったですね。これは決して大げさではなくて、本当に背中を追いかけていた選手でしたし、今でも追いつくことができない、離されていると感じるプレーが随所にあります。僕が決められることではないですけど、『引退をもう一度考え直してくれないかな』って、本当に思っています。もっとサッカー界を引っ張っていってほしかったし、本当に寂しい気持ちがまだまだ残っています。引退したら、活躍の場は変わると思いますが、嘉人さんはこれからもサッカー界を引っ張ってくれると思います」
──最優秀ゴールは、第35節・仙台戦から3試合連続ゴールの3試合となるものでした。終盤戦に入りようやく固め打ちできるようになったと感じたのですが、ゴールが連続して取れるようになった要因をどう考えていますか?
「ようやくゴールを取れる場所に入り込めるようになってきたのが一番だと思います。周りとの関係もそうですけど、試合をこなしていくことで味方のプレーのよさや、プレーへの理解が進んでいきました。その中で、これだけ続いていた連戦が終わり、中5日とか6日での試合になったことでしっかりリフレッシュできた。体の疲れも取れた状態で試合に臨めたことも、もしかしたらよかったのかなと思います」
──仙台戦のあとには3日間の完全オフがありましたね。
「今季は(ACLで海外遠征したことによる)隔離生活が多くあった中で、仙台戦のあとにようやく隔離期間が終わりました。そこでやっと、妻と娘二人と一緒に過ごすことができました。結果論ですけど、それで心の底からリラックスできて、ゴールが取れるようになったのかもしれません」
──第36節・G大阪戦のゴールも素晴らしい得点でした。娘さんのバースデーゴールとなったのですよね。
「ちょうど長女の3歳の誕生日でしたし、そういうのをあまりやったことがなかったので本当にうれしかったですね」
──いいこともあり、悔しさもあったシーズンでしたが、総括すると?
「さまざまな経験ができましたね。特に僕はACLへの思いが強かったので、隔離生活などのつらい経験をしたのに敗退してしまったという事実がすごく悔しいです。だからもう一回あの舞台に立って、もう一つ上、二つ上の景色を目指したいと思いました。今までいろいろなシーズンを過ごしてきましたけど、これだけ試合が続いて、試合に出続けた濃密なシーズンはなかったので、もっとコンディションをベストにして、パワーアップしていかないといけないと感じました」
──今季、名古屋に移籍してきて1年目。ご自身の中でのスイッチが切り替わったような感じがしますが?
「スイッチは一緒ですよ。チームが勝つためにプレーするというのは変わらないです。でもクラブによって目指す方向もやり方も全然違うし、それに対して自分が合わせないといけないと思って、今季はスタートしました。まだ移籍して1年が経っただけなので、もっとこのクラブのことを理解して、自分のいいところをチ──ームに還元できればと思います」
──守備面でも気持ちの入ったプレーがたくさんありました。
「守備がどうこうというよりも、とりあえず『走る』というところを自分では意識していました。チーム戦術以前にハードワークすることが大事ですし、攻撃でも守備でも『一人としてサボる選手がいてはいけない』というチームの考えがあります。それに自分は合わせないといけないし、体で表現をしないといけません。今年30歳を超えましたけど、もう1回体を作っていけば、もっと長くサッカーができるんじゃないかと思いますし、やれる自信もあるので、さまざまなことをもう一度見つめ直してやれたのかなと思います」
──ケガがなかったこともよかった点ですね。
「隠していたんですけど、ケガはありました。実は、あばら骨を骨折していました。しかも2回。1年で左右一本ずつ折りました」
──胸を押さえて途中交代した試合がありましたけど、骨折だったんですね。
「めっちゃ痛かったんです。痛かったんですけど、丸山(祐市)選手も稲垣(祥)選手もあばらを折っても普通にプレーしていたと聞いたので、『俺も休むわけにはいかへんやないか』って思って、やり続けました(笑)」
──そうだったんですね。移籍してきてその丸山選手にはとても助けられたと言っていましたが?
「マル(丸山)とは同級生で、チームに馴染めるようにすごくよくしてもらいました。マルにとって今季は、大きなケガをしてしまって最悪なシーズンだったと思います。でもキャプテンとしての振る舞いは素晴らしかった。実は、僕もセレッソでキャプテンをしたときに、ケガをしてしまって手術をして、チームに迷惑をかけてめちゃくちゃ申し訳ないと思ったことがあったんです。でもマルは手術から帰ってきてからも、そういう苦しい姿を見せずに、逆に僕たちのことを気遣ってくれて、本当に『さすがやな』と。『俺もこういうキャプテンをすればよかった』と思いました…。早くケガを治してもらって同じピッチに立って、もう一度優勝争いをできるようにしたいです」
──来季のACL出場はかないませんでしたが、そのぶん、リーグ戦のタイトルを願う声が多くあります。
「僕はこれまでリーグ戦のタイトルを獲ったことがないので、そこも楽しみですし夢の一つでもあります。名古屋で獲れたら最高ですね」
──そのためには、「いまあるベースの上にプラスアルファをもたらさないといけない」と、シーズン終了後の会見でおっしゃっていましたが、攻撃面でのプラスアルファが必要だと考えているのでしょうか?
「攻撃面だけとは思っていないです。全員で守って全員で攻めるのが名古屋のスタイルで、もちろん失点が少ないのはDF陣の頑張りや、ミッチ(ランゲラック)の存在が大きいですけど、それにプラスしてビルドアップとか、いろいろな面でもっと成長できると思うんですよね。それを試合で出せるかどうかは自分たち次第。我慢して失点をしないという強みをもちつつ、先制点を取るという『力強さ」があればいいなと。そういう意味で別に攻撃だけではなく、その力強さを僕たちは絶対にもっていると感じているので、試合で発揮するべきだと思います」
──もっとコンスタントに力を発揮できるようになりたい、と。
「あれだけ失点ゼロで抑えた試合があって『名古屋はすごい』と言われると、否が応でも選手は失点ゼロで抑えたくなります。それが自分たちの持ち味で、プロの試合ですから体力的な面や後ろに重心を置き過ぎるという話もありますけど、もうひと踏ん張り、前で力を使うダイナミックさを出していければ、もっと恐れられるチームになると思っています」
──まだまだ、相手にイヤがられるという部分では足りないということですね。
「もちろん、名古屋のサッカーに対してやりにくいと思うチームもあれば、やりやすいと思うチームもあるでしょう。全チームに『名古屋とやるのはイヤだな』と思わせる圧力をかけられればいいし、それができるチームだと思います。レベルアップできるところはたくさんあります」
──今季の開幕前は「全試合でゴールを取る」という目標でした。…少し足りませんでしたね(笑)。来季の目標は?
「そうですね。来シーズンのために貯めておいたということで、来季の目標は『90得点、93アシスト』にしておいてください(笑)。大久保嘉人さんに近づきたいと思います。
──自分のヒーローを越えることが目標になりますね。
「越えるというよりも、嘉人さんをはじめ、多くの選手たちに動かしてもらった自分の感情を、次の世代に伝えていくのが僕の使命だと思っています。Jリーグもそうですけど、もっとサッカーが好きになってくれる子どもを増やしたい。それが究極の目標かもしれないです」
──その意味では、今回の最優秀ゴールは子どもたちの見本になりました。
「そうですね。“オーバーヘッドと言えばレアンドロ・ダミアン”というイメージが僕の中ではあります。さっき、ダミアンが『おめでとう』と声を掛けてくれました。逆に『おめでとう』をしないといけないのは俺のほうなんですけど、彼のような素晴らしい選手に『おめでとう』と言ってもらって、引き続きああいうゴールを決めたいと思いました」
──ぜひ、来季もこの賞を獲ってほしいと思います。ちなみにC大阪戦の終了後に大久保選手とユニフォーム交換をしましたが、そのユニフォームはどうされましたか?
「いまは物置の一番上に置いてあって、これからどうしようかなと思っています。これまでのユニフォームは普通に保管していますけど、あれは額縁に入れようかな。金色の額縁を検討中です(笑)」
柿谷 曜一朗(かきたに・よういちろう)
1990年1月3日生まれ、31歳。177cm/68kg。大阪府出身。C大阪U-15→C大阪U-18を経て、16歳のときにC大阪とプロ契約。その後徳島→C大阪→バーゼル(スイス)→C大阪へ。21年から名古屋に完全移籍で加入した。J1通算217試合出場52得点、J2通算168試合出場23得点。日本代表として18試合出場5得点。14年W杯日本代表。3
(BLOGOLA編集部)
2021/12/10 20:58