12月18日(金)、19日(土)発売のエル・ゴラッソ本紙にて掲載されたFC東京・太田宏介のオランダ・フィテッセへの移籍に際する記事をブロゴラでも転載する。
約180人の補強候補から選ばれる
成田空港に向かう、早朝列車。目を真っ赤にして、太田宏介が飛び乗ってきた。
「やっぱり寝られなかったですね。夜も友達に話を聞いてもらいました」
逡巡、そして決断。迷い続けたこの数カ月、出した結果は海外挑戦だった。
メディカルチェックと正式契約のため、太田はフィテッセのある街、オランダ・アーネムへ向かうところだった。成田への列車内では、これまでの心情が次々と頭の中を駆け巡った。
「いまはもう、自分の決断に後悔はない。伸二さん(小野/札幌)やよっち(武藤嘉紀/マインツ)、モリゲ(森重真人/FC東京)とか、いろいろな人に相談したけど、これまでの移籍も最後は自分で決心してきた。今回もそうだった。ただ、僕には悩む大きな理由があった。そこは、やっぱり最後まで無視できなかった」
太田にフィテッセから移籍の話が持ちかけられたのが、今年の夏だった。まだ正式オファーではなかったが、試合を重ねていくうちにオランダからの熱視線は強まっていった。
フィテッセは当初、武藤嘉紀をチェックしていたという。武藤に届いていた、イングランド・プレミアリーグ、チェルシーからのオファー。チェルシーとフィテッセは提携関係にあり、出場機会を与えるために若い選手を期限付き移籍でオランダに送り込んでいる。武藤にも移籍の可能性があったため、フィテッセは調査に入っていた。
しかし、彼らはそこで別の才能を発見した。左サイドから高精度のキックを連発し、ゴールに直結するプレーをしていた青赤の6番だった。世界中にスカウト網を持つフィテッセは、今冬に獲得する選手候補を約180人も挙げていた。その後、最終的に5人にまで絞ったという。そして選ばれたのが、太田だった。
違約金推定1億円の4年半契約というオファー。成熟した28歳の選手に、しかも日本人という強豪ではない国の選手に出された、異例の好条件。太田は、「正直、聞いたときは信じられなかった。実感も湧かなかった」と語る。
自信を持てなかった昔。いまは違う
揺れる思い。一人の選手としては間違いなく意義ある挑戦になる。同時に、太田は即決できずにいた。
「本当に、このFC東京というクラブでプレーすることに愛着を感じている。だから複雑な気持ちがあった」
今季、13アシストを記録しチームに大きな貢献を果たしてきた。普段見せる笑顔とは違い、毎試合勝利に向かって鬼気迫る表情で戦った。このクラブで優勝したい。今年5月には本紙の取材でもこう明かしていた。
「欧州に行きたい選手は多い。僕も以前は行きたかった。でも、もっとFC東京を強くしたい」
太田には、引っかかる過去があった。
横浜FCから清水、そしてFC東京へ。J2からJ1クラブへとステップアップしていく中で、毎回愛着を持ったクラブとの別れを経験してきた。いまでも事あるごとに、太田はこう語る。「横浜FC、清水に関わる人たちには本当に支えられてきた。あのころの自分がなかったらいまはない」。清水から離れたとき、当初は海外を目指していた。ところが一転して、国内移籍となった。残されたファン、サポーターに真っ直ぐな気持ちを理解してもらうことが難しかったこともある。
あのとき、海外に行かなかった本当の理由を明かした。
「当時もオランダのクラブ(トゥエンテ)だった。ただ正直、最後は自分に自信がなかった。だから行けなかった。昔からキックが売りだと思っていたけど、それはただ自己満足の世界だった。周りから認めてもらっていたわけではなかったし、重要な場面でFKのスポットに自分から立ったらどう思われるのだろうという不安もあった」
しかし、いまの自分は違う。
「FC東京でのプレーに自信を持っている。だからフィテッセでも間違いなく自分はやれる自信がある」。 セットプレーを蹴り始めたのは、たった2年前である。それがいまや、対戦相手を震え上がらせるほどの精度と決定力を発揮するまでになった。クロスからのアシストも代名詞のプレーに。13アシストという記録は、太田がJ屈指のタレントであることを証明する。
太田はFC東京に来て、初めて“強い自分”を手に入れた。誰にも負けない左足という武器。そしてその自信は、彼の背中をこう強く押した。
「この左で、世界を相手に勝負したい」――。
「自分の花道は、自分で作れるようにしたい」
列車が到着し、空港の出国ゲートではすっきりとした表情だった。
「僕がこうして挑戦できるようになれたのは、FC東京でのプレーがあるから。こんな自分になれたことに感謝しかない」
それから4日後の16日。オランダでの行程を終えて、弾丸で帰国した。疲れは見えたが、笑顔だった。
「いまはホッとしています。でもまだ天皇杯がある。自分の花道は、自分で作れるようにしたい」
太田は、青赤での戴冠をあきらめていない。大きな歓喜が、新たな挑戦の号砲になることを信じて。(西川 結城)
(FC東京担当 西川結城)
2015/12/19 07:00