平成25年度8月7日
全国高等学校総合体育大会男子サッカー競技決勝
「市立船橋高(千葉1) × 流通経済大付柏高(千葉2)」
部活動に勤しむ高校生の夏の祭典、高校総体。その男子サッカー競技が7日に閉幕を迎えた。最終日のピッチに立つ栄誉を得たのは、千葉の2校。近年の高校サッカーは波乱が多いというのが一般的認識だと思うが、今大会にその図式は当てはまらなかった。前評判の最も高かった2校が、その声望を実証するかのように決勝で対峙することとなった。
「イチフナらしさとは何か」。朝岡隆蔵監督はそんな話で選手を鼓舞し、暑熱の中でハードワークを欠いた選手たちを強く戒めて、この試合に臨ませたという。そのストーリーは感動的だったが、ここでは戦術面から朝岡監督の狙いを読み取ってみたい。
プレビュー記事でも可能性に言及しておいたのだが、この試合の市立船橋は普段の4バックではなく、3バックを採用してきた。[3-4-2-1]で、しかも1トップに本来はトップ下の室伏航を配置する、いわゆる“ゼロトップ”である。これは即席のシステムではなく、新チームがスタートしてから試行されていた布陣で、CB磐瀬剛の出場停止という要素はあったにせよ、指揮官は自信を持ってこのシステムを選択したのは確かだった。
[4-4-2]の流経に対し、市船の[3-4-2-1]は間に選手が立つ形になって、必然的にミスマッチとなる。これによってボールを動かしやすく、相手のプレスを外しやすくするのが狙いの一つだが、もう一つが「(流経の)CBを泳がせる」(朝岡監督)ことにあった。
流経は今年の高校サッカーで間違いなく最強クラスの力を持つチームである。高円宮杯プレミアリーグEASTでは、Jクラブの強豪と大きく差をつけて首位を独走中。朝岡監督も「GKのビッグセーブが二つはないと勝てないと思っていた」と、その力を率直に認める。技術に秀でた選手が走力をも備え、激しいプレッシングと正確なボール回しで相手を粉砕する様は圧巻の一言。ただ、夏場の連戦によって前者の個性は発揮しづらくなっており、後者への対策はシンプルかつ効果的だった。
この試合、市立船橋は流経のCBを「泳がせた」。ボールを持っても、CB自体にプレッシングには行かず、そこから出るボールを狙う。1トップの室伏がケアするのは中盤で、前にはいかない。流経のCBはルックアップしても、パスを出す選択肢を奪われていた。どちらも決して技術のない選手ではないが、ほかのポジションに比べるとやはり落ちる。通常は相手FWが追ってきたところで近くの味方にパスをつけるのだが、それがうまくできない。「生粋のCBとはそういうもの」(朝岡監督)で、ボールを持って戸惑い、ノッキングを起こす。パス回しのリズムが出ない。そんなシーンが繰り返されることとなった。この決勝の流経は、最後まで攻撃面での“らしさ”を出し損なう試合となったが、これは朝岡監督の「ワナ」にはまっていた部分が少なからずあった。
無論、流経の選手がもう少しフレッシュだったら違ったのかもしれない。流経・本田裕一郎監督が準決勝後に不安視していたように、暑熱の連戦による「頭のスタミナ消耗」もあったのだろう。試合は点を取って取られての激しい点取り合戦となったわけだが、流経のリズムでゲームが動いていたと言える時間帯は驚くほど少なかった。市立船橋の決勝点は、CBの空振りというミスから生まれているが、それもまた朝岡監督の“ワナ”がCBのプレーリズムを壊していたからこそだろう。うまくやろう、早くやろうとするときに、ミスは生まれるものだからだ。1年半前の高校選手権優勝時に“勝負師”としての才幹を見せていた朝岡監督が、再びその力を示した一戦だったとも言えるかもしれない。
また、高校サッカーの全体観として、今後3バックが流行する可能性を、あらためて感じる大会だった。Jリーグではすでに流行しており、勉強熱心な指導者がそれを無視するはずはなく、逆輸入が起きるのは半ば必然である。実を言うと、今季途中から3バックに切り替えた前橋育英の躍進によってそれが加速する可能性を考えていたのだが、その前橋育英は初戦敗退。その可能性は途絶えたかと思っていたのだが、決勝で市船が披露した3バックは、“[4-4-2]破り”の手段として、スタンドで、あるいはTV中継で試合を見守っていた各校監督に刺激を与えたはず。冬の選手権に向けて、また各地で“知恵比べ”が展開される予感は十分。そしてその切磋琢磨こそが、高校サッカーのレベルをまた一つ押し上げる原動力となるに違いない。
(photo: Atsushi Tokumaru)
(EL GOLAZO 川端暁彦)
2013/08/08 18:08