鹿島の事業面を支え続けてきた男、それが鈴木秀樹氏だ。元住友金属蹴球団の選手でありながら、引退後はクラブの事業部の各ポストを歴任。株式会社メルカリが参入したあとも、取締役として、またマーケティングディレクターとしてクラブの今後を考える。いま、鈴木秀樹氏が見据える鹿島の未来とは。
写真:J.LEAGUE
アントラーズが進化するために
――新型コロナウイルスの影響をどのように受け止めていますか?
「僕らはどうしても東日本大震災と比べてしまうけれど、あのときよりも無力感を感じます。震災のときも心が折れましたが、僕らが動くことが日に日に復興につながっていきました。でも、今回は『何もしない』ということが最善の防御策。精神的なダメージが大きかったですね」
――その中でもアントラーズは数々の施策を打ってきました。
「『#いまできることをみんなで』というキャッチコピーを打ち出し、クラブ全体で取り組んできました。その中で、コロナの影響は一過性のものではなく、今後も世界中で生活スタイルや社会活動のあり方が変わるということが分かってきました。少し先を見越した取り組みができた一方で、われわれは集客することでお金を得てきたわけで、エンターテインメント業界はすべてそうですが、今後の大きな課題を突き付けられたと思っています」
――J1は7月4日から無観客で再開します。マーケティングのトップとしてどう受け止めていますか?
「Jリーグが最優先したのは、リーグ戦だけでもきちんと成立させよう、ということです。プロスポーツは多くのステークホルダーに支えられているので、どこを優先するかでスタートの仕方が変わる。事業の視点で言えば、無観客で試合を行うと必ず赤字になるのですが、まずは競技として成立させることを決断したわけです」
――運営面での難しさは?
「『5,000人または会場収容人数の50%で少ない方の観客数を動員できるケース(7/10からを予定)』は、どのクラブも相当頭を悩ませていると思います。ただ、一つだけ良い点があるとすれば、来場者情報をきちんと得られることではないでしょうか。もちろん、その目的はサポーターの安全を守るためなのですが、われわれがスポーツとデジタルを融合させようとしたとき、顧客情報はマーケティング的に必須でした。そこは、この機会に皆さんの理解も進むと考えています」
――具体的にはどういうことですか?
「われわれはスタジアムで生体認証の実証実験をやろうとしています。中でも顔認証は、安全面においても一番接触がなく行える。これからの社会では少子高齢化がどんどん進む中、働く世代がきちんと稼いで報酬を得て納税しないと地域は成り立たなくなる。そのためには労働以外の介護や医療でリソースが削られることを防ぐ必要があり、そこをテクノロジーで解決することが、今後、予想される社会問題を解決することにもつながる。そこをわれわれが地域と一緒になってスマートシティ実現に向けた取り組みをスタジアムで実証実験するのは、大変意義があることだと思っています」
――いまのスマートシティの話も、中断期間で行った施策も、親会社がメルカリに変わったことでアイデアの実現スピードが一気に上がった印象を受けます
「今まで、アイデアがあってもそれを取り組み、成功させるまでには多くの人を巻き込まないとできなかった。でも、いまはメルカリの社内や、彼らの人脈を頼ることで割と近いところでできるようになりました。スピード感がものすごく上がったのは間違いないと思います」
――メルカリからは相当な人数が加わったのですか?
「社長の小泉を除くと、常駐しているのは4人です。でも、彼らの背後にたくさんの人がつながっている。やりたいことがあったとき、それの成否が出るまでがとにかく速くなりました。プロジェクトがあったとき、スタッフの一人がそれを抱えて悶々とすることがなくなり、やろうとなったらガガッと進んでいくようになりました」
――Slackを導入して情報共有が進んだ成果ですね。
「自分とは関係ないプロジェクトでも、ほかのチームが何をやっているのかのぞける。それを社長の小泉さんはよく見てる。時々『僕も意見があります』みたいなのがポコッと入ってくるので、こっちは『いつ見てるんだろう?』と不思議に思うくらい」
――現在行われているクラウドファンディングも、素早く決まったのでしょうか?
「おかげさまでご好評いただいています。このプロジェクトは、だいたい1カ月くらいでしょうか。今回はふるさと納税を絡めるのがミソだったのですが、今後もちょっと違うところで使っていきたいと考えています。今後もアントラーズが進化するためにはいろいろなことをやらないといけないので、『スタジアムの観戦環境をよくするためにこれをやりたいので、皆さん参加して下さい』と言ったとき、今度はどんな反応が起きるのか楽しみですね」
――今後、鹿島が示していきたい姿はありますか?
「特別なシーズンになるので、成績も含めて記録、記憶に残る1年にしたい。われわれはそういう想いを持って、いまできることはとにかく手を抜かず取り組むつもりです。アントラーズのポリシーは貫きながら、どんどん挑戦していきたいですね」
――最後に、鈴木秀樹さんにとってアントラーズはどういう存在ですか?
「Jリーグ開幕前から今までの成長過程を見られたのは幸せでした。ただ、僕自身60歳になって、一般のサラリーマンであればクロージングを考える時期に入ったときに、クラブとしての次の成長過程が見えだしたことにすごくワクワクしています。それを最後まで見届けることはできないだろうけど、いまは次の方向性のベースをつくれる環境にある。この半年でクラブの職員が相当成長したと感じ取れるし、さらに成長する匂いを感じさせるので、すごくうれしく感じています」
鈴木 秀樹(すずき・ひでき)
1960年、青森県八戸市出身。81年、住友金属工業株式会社(現:新日鐵住金株式会社)に入社し、当時日本サッカーリーグ(JSL)2部の同社蹴球団に選手として加入。引退後は競技運営に携わるようになり、Jリーグ加盟後はフットボール事業業務に従事する。事業部内の主要ポスト歴任後、10年に同クラブ取締役に就任。また、13年からJリーグ・マーケティング委員、14年から筑波大客員教授、15年からは茨城県サッカー協会副会長を兼任。
(BLOGOLA編集部)
2020/07/03 08:34