いつもと何ら変わらなかった。明治安田J1第15節・清水戦前日の14日、ハードワークし、球際で激しく戦う全体練習を終え、フリーの時間になると、喜田拓也はシュート練習やFK練習をする選手たちから離れ、ピッチの中央辺りでチームメイトやスタッフとパス交換をする。
一見するとただのパス交換に映るかもしれない。ただ、その一つひとつに明確な意図がある。時には周囲に味方や相手がいることを想定しながら、首を振って周囲を確認してボールを受け、パスを返す。時には後ろから来るボールをワンタッチで前に送る。時にはパスをこぼれ球に見立て、前に出ながらワンタッチで攻撃に転じるパスを送る。
「ちっちゃいことですよ」。喜田は笑う。ただ、その小さな積み重ねが少しずつ、だが確かに積み重なっていく。その成果の一つとして表れたのが、明治安田生命JリーグKONAMI月間MVP、5月度の選出だった。
常に自身について「評価されにくいポジション」と話してきた喜田。だから月間MVPの一報を聞いた時はまず「びっくりした」。それも時間の経過とともに、喜びに変わっていく。「うれしいし、光栄なこと」。喜田はそう何度も繰り返した。
繰り返したのはその言葉だけではない。「自分一人でどうこうしたわけではない」「みんなの力で獲った賞」。喜田自身、「繰り返しになるけど」と言いながら、何度も、何度もそう口にした。そして仲間への思いは次のような言葉にも表れる。「個人としてどうこうというよりは、チームとしてそうやって見られているということをちょっとでもみんなが感じてくれたら。こういうことをきっかけにしてチームとして自信をもつことも大事だから」。
昨季もそうだった。チーム戦術が大幅に変わる中、スタメン出場する試合は限られた。しかしそんな状況でも全体練習で必死にプレーし、声を上げる。その後、長時間の居残り練習も続けていた。それが自分の成長のためであることは言うまでもない。しかし、それだけではなかった。「自分が必死にやることで、出ている選手が『俺たちももっとやらないと』と思ってくれたらうれしいし、若い選手たちにも自分の姿を見て何かを感じとってほしい」。そう言うと「自分も先輩のそういう背中を見てきたから」と笑ったが、喜田はいつも、どんな状況でも自分のことと同じように、いやそれ以上にチームのことを考えてきた。
これからも、彼の意識や取り組む内容は不変だろう。「選んでいただいてうれしいし光栄だけど、やることは何も変わらない。チームに対する姿勢、思いもまったく変わらない。一つの過程としては悪くないけど、チームとしても最後にどこにいるかが大事だし、一つひとつを積み上げていかないと最後に一番高いところにはいられない」。月間MVPは通過点。喜田はこれからも少しずつ、だが確かに積み上げながら、チームとして望むべき場所を目指していく。
写真:菊地正典
(横浜FM担当 菊地正典)
2019/06/14 20:21