今季のイングランド・プレミアリーグが16日、開幕した。フットボールの母国のトップリーグは、世界で10億人以上が視聴すると言われる世界最高峰のリーグだ。日々、多くの海外サッカーを観るFC東京の権田修一が語るGKから見たプレミアリーグ。世界の第一線で活躍するGKの特長や守備戦術に加え、自身がW杯ブラジル大会を経験したことでさらに実感した世界のレベルについて話を聞いた。世界に通用するGKになるために、必要なこととは何か?
聞き手:西川 結城 取材日:8月7日(木)
Photo: Masako Sueyoshi
「一昨年の年末にドイツとイタリアに1週間ずつ練習に行きました。ドイツはシュツットガルト、イタリアはベローナに。行く前までは、GKの練習内容にそれほど差はないだろうと思っていました。でも全然違いました。ドイツにはドイツの、イタリアにはイタリアのメニューがあって。それ以前にフルゴーニさん(※)の指導を受けたことがあったので、僕の中ではそれイコール海外の練習内容だと思っていましたから。いざドイツに行ってみれば全然違ったし、イタリアはドイツとも違えば、同じイタリア人のフルゴーニさんとも違う。その差も少しではなく結構なモノだったので、かなり刺激的でした。だからそれを体験したあとに、例えばブンデスリーガの試合を観ると本当に面白かった。GKのプレーでも、『あの練習はこういうプレーのためだったのか』といった感覚でしたから」
※イタリア代表GKブッフォンを育てた伝説のGKコーチ。今年の春にはFC東京でも臨時コーチを務めた
「プレミアリーグには本当にいろいろなタイプのGKがたくさんいます。間違いないのは、ハイボールへの対応ができないといけないということ。クロスをどんどん入れてくるチームがまだ多い印象があります。前線にフィジカルの強い選手がいて、そこに長いボールを集めてくる。ハル・シティなどはチーム自体がそういう長いボールを入れるサッカー主体ですよね。一見古いスタイルなのかもしれないけれど、でもそういうサッカーに(マンチェスター)ユナイテッドのようなチームが食われてしまうことだってあるのがプレミアだと思います。ユナイテッドのGKのデ・ヘア(スペイン代表)がスペインからイングランドに来て、最初にそういうサッカースタイルの違いに直面してすごく苦労したという話も分かります」
「うーん、僕もそう思っていたのですが、例えばレイナ(スペイン代表。かつてリバプールに所属し、今季からバイエルン)はそんなに上背がない(188cm)。僕の想像でしかないのですが、やはりチームのスタイルによるのかなと思います。ある程度DFがはね返していくチームのGKを見ていると、日本の感覚であればGKが前に出られるなというシーンでもCBに任せたりする。ドイツやイングランドはGKが前にチャレンジし過ぎないというか、確実にキャッチできるボールだけ前に出てという選手が結構いると思います。いまノイアー(ドイツ代表)がモダンなGKと言われていますが、彼がスペインでプレーしたらあの守備範囲がノーマルに映るのかもしれません。前に出てカバーしたり、クロスに速く反応したりというプレーをスペインのGKはしますから。でもプレミアやブンデスリーガでは、DFに任せるGKが多いと思います」
「僕は身長が187cmなのですが、この高さだとプレミアでは競り負けるかもしれません。チェフ(196cm/チェコ代表)やクルトワ(199cm/ベルギー代表)、ファン・デル・サール(199cm/元オランダ代表)、あれぐらいの長身の選手なら競り負けることはないですよ。でも僕ぐらいの身長なら、高さに苦労する可能性がありますね。あとプレミアはスーパーゴールが多いイメージがあります。すごいミドルシュートやパンチ力を持つ選手が多い。大きいだけでいいのであれば、僕はもっとドイツ人がプレミアに行けばいいと思います。でもチームの中で、例えばユナイテッドでの(香川)真司のように、大柄な選手の中に違いを生むようなタイプの選手も必ずいる。チェルシーはアザール(ベルギー代表)やオスカル(ブラジル代表)など、割とそういう選手をそろえているイメージですし、リバプールではコウチーニョ(ブラジル代表)もそうですよね。プレミアのフィジカルなサッカーの中に、そういう細かいプレーができる選手が数人いるのが主流になっている。だからGKもハイボールやクロスにだけ強いのではなくて、シュートストップの技術や1対1の強さ、ミドルシュートへの対応など、いろいろなことができないといけない。本当に完成されてないとプレーできないと思います」
「間違いないと思います。ハイボールのサッカーかと思っていたら、スウォンジーのようにスペインのようなパスサッカーをやってくるチームだって出てくる。だからチームによって攻め手がたくさんあるということは、僕らGKを含めた守るほうは難しさがある。極端な話ですが、毎試合守り方を変えないといけないことだってある」
「デ・ヘアには勝ちましたからね(笑)。彼はユナイテッドで始めはうまくいかなかったけれど、いまでは存在感のある守護神になっています。いま挙げてもらった中で、デ・ヘア以外の選手は、直接対戦していなくて、ベンチから見ていた選手です。でも僕は試合中も相手のGKをすごく見ていますから、印象はしっかりあります。近い話で言えば、やっぱりオスピナ。彼が今回アーセナルに行くのは楽しみですね。南米系のGKがアーセナルに行く。ここが肝でもあると思います。多分彼は合うんじゃないかな。ベンゲル監督は基本的にはパスをつなぎたい監督です。いまCBでメルテザッカーを起用していますが、ちょっと彼は裏のスペースを空けてしまうこともある。そうなったときに、オスピナは守備範囲がすごく広いので、そこをカバーしてくれる。南米の選手ですからサイドキックや低いパントキックもうまくてボールもしっかりつなげる。まだ正GKの座を取れるかは分からないですが、個人的には彼のようなタイプの選手がプレミアに挑戦することは楽しみです」
「でも、僕個人としては、GKは基本的には序列をしっかり分けたほうがいいと思うんです。たとえば昨季のレアル・マドリーのように基本的にリーグ戦はディエゴ・ロペスが出て、カシージャス(スペイン代表)はカップ戦に出る。そういう分け方でもいいと思うし、今季のバイエルンならノイアーが正GKでレイナが第2GK、そういうのでもいい。GKは確固たる自信を持ってプレーすることが大事なポジション。『ミスをすれば起用されなくなるかもしれない』とか、そういうメンタリティーでプレーすることは、あまり良いことがない気もします。一つしかないポジションで、途中交代だって負傷ぐらいしかあり得ない。でも『ここでミスしたら代えられる、まずい』と思ってしまうと、その瞬間は良いプレーが出せるかもしれませんが、その選手のトータルのサッカー人生やチームとしての1年間を考えたときにどうか。チーム内に良いGKが2、3人いたとしても、序列はしっかりと付けるべきなのかなと思います。これはGKならではのメンタリティーなのかもしれません。刺激は本当に大事だし、ライバルと競い合うことも大事。でもGKは自分自身が何かを大きく変えられるわけではない。例えば1試合ずつ交互に起用していくとなったときに、片方の試合はシュートが10本飛んできて、それを全部止めて勝った。でも片方の試合はシュートが1本も来なくて0-0で引き分けた。ではどちらのGKがいいですか、となったときに、印象としては10本止めたGKがいいとなるかもしれないけれど、失点ゼロで抑えたことも評価すべき。では、僕らは何で違いを見せるのか。被シュートはゼロ本だけれど、DFと連係して未然に防いでいたとかクロスへの反応が良くて全部防いでいたということだってあるかもしれません。GKは評価がすごく難しいポジションであるがゆえに、何をしたから試合に出られる、出られないというポジションではないと思うんです」
「そういうことだと思います。ただそういう味方との連係は、自分が試合に出たり出なかったりの状態ではなかなか築けないことでもある。だから、GKを不安定にさせたままにするのは、結果的にチームにプラスにならないと思います。ポジション争いに打ち勝つ強さは僕らプロには絶対に大事です。でも人間だし、プレッシャーを感じてしまうことだってある。いろいろと考えなくてもいいことまで考えたりすると、心理的に疲れてしまいます。そうなると、とにかくミスをしないということだけを考えてプレーするようになってしまう。それではやはり消極的な判断が多くなるし、良さも出ない。やっぱりここぞ、というところでの勇気だったり飛び出しだったりが出にくくなる。『飛び出してミスしたらどうしよう』といった気持ちが先に立ってしまう。一瞬の判断が大事なポジションだけに、とにかく自信を前面に出してプレーできる自分の状態を持つことが不可欠なのだと思います。ミスを怖がることが一番ダメですから」
(BLOGOLA編集部)
2014/08/22 17:08