当時から漂っていた大物感
名古屋市に隣接する愛知県日進市。そこに、当時本田は住んでいた。グランパスの練習場までは、車で30分足らず。2005年にプロ入り後、1年間はクラブの選手寮に入っていたが、2年目からはマンションを借りていた。
そこでは一人暮らしではなかった。同い年の青年と、二人暮らし。その彼は、本田の身の回りの世話や、サッカー以外の仕事の調整を行っていた。20歳にして本田はすでに個人マネージャーを付けていたのだ。
練習場にも、毎日そのマネージャーの運転でやってきた。2006年にクラブスポンサー主催の年間最優秀選手賞に若くして選出され、贈られたのは白のランドクルーザー。その目立つ大きな四駆車でクラブハウスに乗り付ける様は、すでに当時から大物感を漂わせていた。
ただ、マネージャーを付けた理由は何もステイタスを意識した“タレントごっこ”だったわけではない。男の一人暮らしにとって、やはり家事や雑務は悩みどころの一つ。ましてやプロアスリートでもある。1分、1秒でもサッカーのことに集中するためにも、自分をサポートしてくれる存在は不可欠と、本田はその年齢時から悟っていた。
そんな考え方や姿勢を、先輩選手たちは自然と受け入れていた。当時のグランパスには秋田豊(06年まで)や藤田俊哉、そして楢﨑正剛といった日本を代表する偉大な選手たちがいた。彼らは一様に、本田特有の少々尖ったプロ意識を、温かくも頼もしく見守っていた。先輩選手に対して、本田はどんどん積極的に話しかけていく。話を聞くだけではない。ときには堂々と意見する場面も数多くあった。
「アイツは結構熱いし、いろいろ俺たちにうるさいことを言ってくることもある(笑)。でもあれだけ考えて言えるのは大したもの。本田にしかできないことだと思う」
そう話していた藤田は、いまでも本田と連絡を取り合い、アドバイスを送る仲である。藤田に限らず、楢﨑や秋田もいまでも当時と同様の視線を本田に投げかけている。異端、独特といった言葉で語られることが多い本田のスタンス。ただ、不思議と周囲の人間たちは、彼の哲学の良き理解者となっていった。
疑念を振り払う影の努力
背番号24を付けて、ピッチを駆けていた当時の本田。星稜高時代から左足のキックの精度とパスセンスが売りのレフティーで、中盤のパサーとして振る舞う自分を好んでいた。ところが、プロ入り後はなかなか思うようなポジションでのプレーが叶わなかった。05年に名古屋の指揮を執っていたネルシーニョ監督(現・柏監督)の下では左SBでプレーしたこともあり、また06年途中に就任したフェルフォーセン監督は彼を左ウイングバックの位置に置いた。特にフェルフォーセンは、本田のベストな位置は中央のポジションであることは理解していたのだが、まだ若い彼に対して戦術理解力を上げるために、いろいろな役割をあえて与えていた。加えて、当時前線でプレーしていたヨンセンの高さを生かすためにも、左からの本田の好クロスはチームに不可欠な武器だった。
いずれにしても、かつての本田はいつもタッチライン際にいた。360度の視野を確保し、攻撃を指揮する理想的なプレーをする機会は皆無に等しかった。決して、順風満帆なピッチ生活だったとは言えない。
立場相応、年齢相応という観点から見れば、本田の強気な姿勢は早熟気味と言われてもおかしくなかった。日本代表のエースとなったいまなら、誰も文句はないだろう。当時の本田はU-23代表として活躍はしていたが、まだA代表に完全に定着したわけでもない身だった。
そうした周囲の疑念だけを、自分の評価にしておくわけにはいかない。だからこそ本田は、陰の努力を惜しまなかった。
自宅に帰ると、よく近所の公園に出かけた。その姿を目にした近隣の住民も多かったという。そこで彼は、走り込み、無回転キックの練習など、自分のスキルアップのために時間を割いていた。チーム練習だけでは物足りず、日々自分と向き合ってはボールを蹴っていた。
練習場で、試合会場で、本田は常に凛とした表情を貫く。その裏側には、こうした努力があった。普段は努力をする自分を悟られないようにしていたいという。「それが自分の美学」と本人は語るが、その姿勢はグランパスで奮闘していた当時から続いていたのだった。
昨年、スペインで本田が一人汗を流していたときに放った、この言葉。「プロはみんな目に見えないところで努力をしているもの。努力をしていないヤツなんてプロやない。でも、具体的にどんな努力をしているかというのは、そんな簡単に見せられるようなもんやないよ。それは無様な姿を見せることなのかもしれへんし、いまみたいにこうやってキツイ格好をしている自分を見せることでもある。やっぱりどんなことでも平然とした顔でやったほうが格好良い」。
スポットライトを浴びる“表の顔”の背後に見え隠れする、サッカー選手としての無骨な生き方。本田という選手の本質が、そこにはある。
(BLOGOLA編集部)
2014/06/01 12:18