I N T E R V I E W
奈良 知彦社長
(ザスパクサツ群馬)
高校サッカー名門・前橋商業高の元監督。群馬が経営危機にあった18年に社長へ就任し、クラブ再生に乗り出した。「笑顔」「団結」のスローガンのもとクラブを建て直し、2シーズン目の19年にJ2復帰を果たした。奈良社長にとって今季は初のJ2。人情派社長に、クラブ改革について聞いた。
取材日・6月17日 取材・文:伊藤 寿学
写真:J.LEAGUE
「私たちは地域とともに歩む県民クラブ」
――J3降格時に社長に就任され、この2年間でクラブが大きく変わりました。
「経営的、チーム的にも非常に難しい状況で社長という役割を引き受けたわけですが、J3降格によってクラブ全体の士気が下がっていました。地域の信頼も薄れて、逆風の中での船出だったことを思い出します。『J2復帰』の旗印のもと、監督、スタッフ、選手たちが本当によくやってくれたと思います。フロントスタッフの意識も大きく変わりました。チーム、フロント、サポーターなどすべてが団結した結果、クラブが変わり、J2昇格を成し遂げることができたと考えています」
――ゴール裏の雰囲気も変わりました。
「元来、ザスパのサポーターは非常に熱く応援してくれる人たちです。ただ、降格した17シーズンに、クラブとサポーターの対話が減り、信頼が薄れてしまいました。私は、サポーターの皆さまもチームの一員と考え、イチから信頼を築いていきました。私は社長就任時に『団結』『笑顔』『J2復帰』という3つの約束をしましたが、信頼から『団結』が生まれ、それが『笑顔』に変わり、最終的には『J2復帰』につながっていきました。J3での2年間、サポーターはどんなときも力強い応援を展開してくれて、J2復帰の大きな力になってくれました」
――19シーズンの最終戦でJ2昇格を決めました。
「J3の2年目だったのですが、J3は本当にタフなリーグでした。われわれの昇格は昨季の最終戦に委ねられたのですが、まさに『天国と地獄』の世界でした。最終節・福島戦で勝ち切ったことにより、昇格を決めることができました。厳しい戦いが続いたぶん、喜びが大きかったと振り返っております」
――今季はJ2での舞台になりました。
「私はJ3からのスタートでしたので、J2の世界を知りませんでした。開幕戦は新潟とのホーム戦だったのですが、新潟からも多くのサポーターにお越しいただきました。就任以来最高の1万1038人の来場者を記録することができました。満員のスタジアムの光景を見たときに『これがJリーグなのか』と実感しました。群馬、新潟のサポーターによって最高の雰囲気を作り上げていただき、感謝しています。あの光景を『群馬のJリーグの日常』にしたいと、強く思いました」
――開幕直後にリーグ中断となりました。
「開幕戦直後に中断となったのですが。これほどまでに長引くとは想像できませんでした。リーグ再開が何度も延期となり、先が見えない状況の中で、何をどう準備すればいいのか非常に難しい時間でした。チーム、フロントで連係を取りながら再開へ向けて動く一方で、ファン・サポーター、スポンサー、行政への配慮を忘れてはいけないと考えておりました」
――コロナ禍においてクラブ財政の懸念があります。
「今季、J2へ昇格して財政的にはフォローの風が吹いてきたと感じておりました。地域全体がコロナ禍の影響を受け、リーグが中断している中で、クラブ財政への影響は小さくありません。ただ、私どもは地域とともに成長していく県民クラブですから、地域の声を聞きながら、地域のために何ができるかを考えていかなければならないと思います。そして、スポンサー、ファン・サポーターの皆様の力を借りて、この危機を乗り越えていきたいと考えています。こういう状況だからこそ、地域の連係を強くしていきたと思っています」
――いよいよリーグが再開します。
「リモートマッチ(無観客試合)になりますが、コロナウイルス感染防止に対して万全の準備をして再開を迎えたいと思います。今後はわれわれのあとに続くさまざまなスポーツの大会がありますので、プロスポーツクラブとして責任ある運営をしなければいけません。Jリーグの指針に則って、安心・安全のスタジアムを作っていきたいと思います。そして、ファン・サポーターの皆様を迎えたいと思っています」
――最後になりますが、奈良社長にとってザスパとは?
「2年前にクラブの立て直しの任務を背負ってこの会社に来たのですが、いまの私にとっては“生きがい”になっています。J3からJ2へ復帰したいま、クラブは次世代へつながる土台を作る時期だと感じています。ファン・サポーターとともに揺るぎないビジョンを作っていくことが私の役割だと考えています」
奈良 知彦(なら・ともひこ)
1954年11月8日生まれ、65歳。群馬県前橋市生まれ。前橋五中→習志野高→東海大。大学卒業後、前橋商業高に着任し、サッカー部監督に就任。高校選手権10回出場。18年2月から群馬の社長(株式会社ザスパ)に就任し、17年にJ3に降格したクラブを立て直している。
(群馬担当 伊藤寿学)
2020/06/26 10:13