著者:木村 元彦(きむら・ゆきひこ)
発行:9月16日/出版社:集英社/価格:780円(本体価格)/ページ:272P
壁を乗り越えてきた男たちの圧倒的な質量を持った生き様
本書はアン・ヨンハ(横浜FC)、チョン・テセ(清水)、リャン・ヨンギ(仙台)ら現役のサッカー選手、そして彼らより前の世代の朝鮮学校OBたちを巡る物語だ。彼らは日本と在日、在日と本国の間に立ちふさがる壁を次々と乗り越えて生きてきた。そして、ヘイトスピーチや排外デモが存在している現実を見れば、いまもその壁は存在していることは明らかだ。マイノリティー、弱者の視点から優れたノンフィクションを発表してきた著者は言う。「組織や団体の枠を超え、彼ら(朝鮮学校の生徒とそのOB)とその仲間の生き方を描くことは、いま、日本を覆っている安直なデモナイゼーション=悪玉化の霧を晴らすことになるのではないだろうか」と。
ただ、この本を読み始めれば、そんな小難しい理屈はどうでもよくなる。特に、第1章、第2章で描かれているアン・ヨンハの物語は一人のサッカー選手、いや、一人の人間の半生として圧倒的な質量を持っている。この前半部分だけでも、読む価値が十分にある。例えば、あなたの周りに18歳の若者がいたとしよう。サッカー選手としての実力は高校の地方大会敗退レベルで、大学浪人をしながら、仲間と二人きりでボールを蹴っている。そんな少年が数年後にプロになり、さらにその数年後にはW杯でカカやドログバとしのぎを削っていると聞いて信じることができるだろうか。この夢物語を実現したのがアン・ヨンハである。そしてそれは、日本国籍を持つ者が日本の大学を受験し、Jリーグに入り、代表に選ばれることよりも、はるかに難しいことだったのだ。
10月25日に38歳を迎えたアン・ヨンハは今年の4月に前十字じん帯を断裂。一度は引退を決意したが、「逃げたらダメだ」と決意を新たにし、いまは復帰に向けてリハビリに励んでいる。著者は最後にこう記す。「ヨンハの現役生活を最後まで見届けたいと思った」。この本を読んだあとには誰もがそう思うに違いない。
(BLOGOLA編集部)
2016/11/13 12:00