関東大学サッカーリーグをもっと知ってもらうために、OB選手が大学時代を振り返る連載企画。5回目の今回は拓殖大OBの小林悠が大学サッカーを語ってくれた。
photo:Norio Rokukawa(左)/photo:JUFA/REIKO IIJIMA(右)
■プロフィール
FW 11 小林 悠(こばやし・ゆう)
1987年9月23日生まれ、東京都町田市。177cm/70kg。町田JFC→町田JFCジュニアユース→麻布大附属渕野辺高→拓殖大を経て09年、川崎Fに加入。大学在学中の08年には特別指定選手として水戸で5試合に出場した。けがで辞退はしたが、ハリルジャパンにも選出されている。
――大学4年間で得たものは?
「高校生のころとは違って、自分たちでやらなければいけないことがすごく多かった。考える時間も多かったし、しっかり自覚を持って生活することが大切だった。高校だとコーチや監督の言いなりという部分が少し多かったと思うけれど、大学生になると自立して考え方もしっかりし始める。そういった部分が大学で一番学べたことだと思う」
――高校時代より自由な時間があると思います。
「かなりある。真剣にサッカーに時間を費やした人がプロになれていると思うし、一方でうまいのに『なんでもっとやらないんだろう』というような選手も、僕の大学にはいた。自由な時間を遊びの方向に持っていくとすごく難しくなってしまうけれど、自由な時間をサッカーと向き合う時間に変えられれば、かなりいい大学生活を送れると思う」
――遊びたいと思ったことはなかったのでしょうか?
「僕は真面目なほうというか、あまり遊びたいと思うことはなかった。食生活にもかなり気をつかっていたし。気にしていない人はカップラーメンを食べたり、自由時間にパチンコに行っている選手もけっこういた。僕は自分の中で『プロになりたい』という気持ちが強かったので、食事の面もそうだし、休みのときはしっかりと体を休めて、そのほかのときはサッカーに集中する。サッカー中心の生活を送れていたので、すごく充実した4年間だった」
――大学入った時点で、プロになるための4年間だと思っていた?
「最初は違った。自分ではプロにはなれないと思いながら大学に入った。でも、サッカーは好きだったので続けたいな、とは思っていた。麻布大附属淵野辺高校(現麻布大附属高校)の一学年上のキャプテンが拓殖大に入っていたので、その人がいたから『僕もサッカーをやろう』と思った。1年生でFWに転向したらうまいことスタメンに入れて、新人賞も貰って、関東選抜にも入った。そうしたらプロのスカウトの方も僕を見に来るようになった。だからプロを意識し始めたのは1年の終わりから」
――高校時代の同級生である太田宏介選手(FC東京)は高卒でプロへ行って、小林選手は大学経由でプロになりましたが、一緒のタイミングで代表に入れたのも考えさせられるなと。
「高卒でプロというのはすごいことですけど、試合に出られる確率ってかなり低いと思う。そういう面では、僕は大学で、しかも2部だったけれど、1年生から責任感を持って試合に出てプレーできていた。そこが自分にとって大きかった。やっぱり、試合に出ないと。そういうところはあると思う。高卒でプロになって4年間試合に出られないのであれば、大学で4年間しっかり試合に出てプロになったほうがいいのではないかと思う」
――それでは、現在大学サッカーで戦う後輩の選手たちにメッセージを。
「いい選手はたくさんいると思う。僕は2部でプレーしていたけれど、うまい選手も多かった。ただ、技術があるのに4年間を無駄にしてしまう選手も少なくない。みんな大好きなサッカーだと思うので、そこに向き合って頑張ってほしいと思う。そうすればプロになりたいと思っている人は道が開けてくると思うし、なれなくても4年間を頑張った経験は社会人になってもプラスになると思う。真剣にサッカーと向き合って、頑張ってもらいたい」
5月2日(土)、3日(日)はJR東日本カップ2015第89回関東大学サッカーリーグの第6節。詳しくは(一財)関東大学サッカー連盟オフィシャルサイトへ!
聞き手:川崎F担当・竹中 玲央奈
(BLOGOLA編集部)
2015/04/30 15:47