石﨑信弘、小林伸二、反町康治。過去3度のJ1昇格を成し遂げた3人の名将が今季、4度目の昇格を目指しJ2を戦っている。J1昇格を成し遂げるために最も必要となるモノは何か。そして現在のJ2は彼らの目にどのように映っているのか。
いまのJ2はとにかく必死なチームが多い
――松本は今季から新たに「自分たちで主体的にボールを動かして、主導権をとる」というスタイルを目指しています。新スタイルの習得は一朝一夕にはいかないと思います。
「まだ全部が披露できているわけではないし、相手があってのことではあるけれど、成果としてはかなり上がってきたと思う。やはり前線に高崎が加入(4月1日に鹿島から期限付き移籍加入)したことは大きい。いまやろうとしているスタイルでは、ポストプレーをするだけでもダメだし、スペースランだけしていてもダメ。前線でしっかり時間を作ることも必要だし、われわれは重心が後ろのディフェンスはしないチームなので、前線からのプレッシングも必要になる。彼はいろいろなことができる万能型なので、良さは出せていると思う」
――ここからチームのさらなる浮上のためには何が必要になるでしょうか。
「ブレることなくやっていくことが大事ではないか。最初から最後まで順風満帆にいくことなんてあり得ないことは分かっているけれど、そこで迷ってはいけない。われわれらしいひたむきさや最後まで走り切るところ、フルパワーを出すところなどの伝統的な部分と、新たに戦術的にチャレンジしていることを並行して続けていけるかだ」
――新スタイルはあくまでも、これまでのスタイルに加えるものだということですね。
「そこなんだよね。新しいモノを取り込んで古いモノを捨てるというのも、一つのカルチャーなのかもしれない。だけどサッカー文化においては、これまで築き上げてきたモノに上積みをしていくという考えが大事。確かに走れるだけでは限界があるかもしれないけど、走れてなおかつうまいチームになれば鬼に金棒。うまいだけでもいけない。われわれよりもうまいチームはたくさんあるけれど、だからといって強いわけでも勝てるわけでもない」
―2年ぶりのJ2の舞台となりますが、J2リーグ全体としてはどのような印象を受けていますか?
「基本的に大きくは変わっていないけど、とにかく必死なチームが多い。J3への降格制度ができてからはすべてのチームが必死になっているという印象はあるし、明確なスタイルを持つチームも増えている。それに、以前に比べてチーム間の実力差はなくなってきた。J1から落ちてきたチームが絶対的な強さを見せているかというと、決してそうではないから。資金面ではC大阪や千葉、京都のほうがわれわれのチームよりも上だし、クラブ運営のためのいろいろなノウハウも持ち合わせている。しかし、われわれもJ1を経験しているチームになったわけだから、現場だけではなく、クラブとしてもそういう相手と競争しないといけない。
ありがたいのは、J2に降格しても本当に大勢のファンやサポーターが日々の練習なり試合なりに来てくれること。アウェイの愛媛戦(第10節・0△0)には遠隔地にもかかわらず約600名、東京V戦(第12節・4○0)にも4,000名を超えるサポーターが駆け付けてくれた。J2に落ちたことでサポーターの足が遠のいてしまうと難しくなるけど、松本のサポーターは仕事をやりやすくしてくれている。声を枯らして応援してくれる皆さんには本当に感謝しています」
自由に仕事ができるぶん、責任を持たなければいけない
―ここで少し話を変えたいと思います。今年2月、反町監督と山形の石﨑信弘監督、清水の小林伸二監督について取り上げている『蹴球一徹』が発売になりました。
「読んだよ。イシさん(石﨑監督)の歴史も知っているし、伸二さんの歴史も知っている。特にイシさんとは03年のJ1昇格争いの当事者同士だからね(反町監督が新潟、石﨑監督が川崎Fを指揮)。『あの当時、イシさんはそういう気持ちでいたんだな』と知ることができた」
―反町監督から見て、石﨑監督と小林監督はどのようなタイプの指導者ですか?
「若いころから、何から何まで全部自分でやってきた、というタイプだよね。だから指導しているチームには自分の色が濃く現れる。指導者はそうでなければいけないと思う。ちなみに俺はこの二人のチームにほとんど勝っていない印象がある。だから二人のことはリスペクトしているし、指導者としての年輪を感じている」
―反町監督については、新潟時代、湘南時代、そして松本時代について記されています。
「新潟もある意味何もないところからスタートしているから、松本によく似ているよね。グラウンドもなかったし、クラブハウスもなかった。湘南はJ1もJ2も経験していたけど、クラブカラーはあまりない状況だった。中庸というか平均的なチームという感じ。でも当然ながら環境面は一番整っていたよ。グラウンドは2面もあるし、力のある選手もそろっていた。だから選手の持ち味をしっかり見定めて、特に攻撃面でその良さを出せる配置を考えて戦術を構築した。そこがハマったから09年はやっていても楽しかったし、選手たちも生き生きとプレーしていた」
―その湘南に比べると、12年当時の松本はいろいろな部分が足りないチームでした。
「それでも『うん』と言って引き受けたんだから、愚痴っても仕方がない(笑)。でも当時からサポーターとアルウィンの力は本当に大きかった。この二つに比べたら、俺の力なんて大したことはない。あとは現会長や社長、副社長含めてクラブに関わる人たちが、クラブのことを真剣に思っていたという部分も大きいだろうね」
―この本には、『地域のJクラブを率いる指揮官の矜持』というサブタイトルが付いています。いわゆるプロビンチャと呼ばれるクラブですね。大きいクラブに比べると、苦労もあったのではないでしょうか?
「逆に言うと、プロビンチャのほうが自由に仕事をさせてもらえるのかもしれない。クラブによって違うかもしれないけど、俺がやってきた3チームは好きなようにやらせてくれた。誰からも制限されることなく現場を任せてくれたことには感謝している。大きなクラブだと、それなりに気を遣わないといけないことも多いだろう。でも、好きなようにやるぶん、責任を持ってやらなければいけないけれどね」
―『蹴球一徹』に限らず、この4月には監督が地元紙で連載しているコラムを集めた書籍が発売され、先日は田中隼磨選手の自伝も刊行されました。雑誌や書籍を含めて、多くの松本山雅本で書店が賑わっています。
「本が出版されるということは、それだけクラブの知名度が上がってきたという証。サポーターの皆さんに興味を持たれていることは、本当にありがたい。でも、その思いに甘えるようなことをしてはいけないと強く思う。ウチのチームにはそういう選手はいないし、いたとしたら試合には出られないけどね。そういった姿勢は大事なんじゃないかな」
聞き手:多岐 太宿
サッカー新聞エル・ゴラッソ5月25日発売号掲載
石﨑信弘監督、小林伸二監督、反町康治監督の
これまでのJ2での戦いを描いた
『蹴球一徹』
全国書店、Amazon.co.jpで発売中!
(BLOGOLA編集部)
2016/07/12 21:04