著者:宇都宮 徹壱(うつのみや・てついち)
発行:11月17日/出版社:カンゼン/価格:1,600円(本体価格)/ページ:288P
日本サッカーの原風景をめぐる旅。著者が見付けた各地の“光堂”
日本全国の人々の暮らしを自らの足で調査し続けた民俗学者・宮本常一。司馬遼太郎ら稀代の文筆家から傾倒され、優しくも鋭い眼差しで人々を見つめた。そして、現在のサッカー界に潜む、嘆き、葛藤、情熱、向上心にスポットライトを当てる人物がいる。本書の著者、宇都宮徹壱氏だ。フィールドは違えど、二人が見つめるのは、その土地で暮らす人々の生き様である。宮本常一と宇都宮徹壱。偶然にも似通った語感、その名が刻印された書籍には、必然のノスタルジーが漂っている。
本書は08年から著者が書き連ねた、日本全国のサッカークラブの縮図である。日本代表、Jリーグという脚光を浴びる華やかなステージと対比するように、地域リーグなどで活動するクラブチームや人々が登場する。そのベクトルが向くのは、華やかな舞台か、あくまで地域か。著者はクラブごとに異なるビジョンをすくい取り、その生い立ちや存在意義を解き明かす。統合を果たせなかった石川の2クラブがあれば、高知の2クラブは現代の“坂本龍馬”がJリーグへの道筋を作った。東日本大震災後の福島に足を運び、Jリーグ入りを目指さない浜松のチームに飛ぶ。資金、サポーターの思い、地域性、バックグラウンド。サッカーと暮らしに内在する複雑な感情を、著者は雅(みやび)に走らない筆致で丁寧に描き切る。かつての宮本常一の眼差しのように、地域のサッカー界を優しくも鋭く見つめている。
タイトルには『サッカーおくのほそ道』と付いている。俳人・松尾芭蕉の著作に題を借りた本書は、当地の声を聞き、自ら思い、エネルギーを俳句として活写した芭蕉と同じ感覚から生み出されている。芭蕉が残した一句を引用したい。「五月雨の 降り残してや 光堂」。一筋縄ではいかなくとも、地域サッカーには決して崩折れない情熱がある。宇都宮氏が見付けた各地の“光堂”が、本書の中でたくましく息づいている。
(神戸担当 小野慶太)
2016/12/18 12:00