11年夏、カルフィン・ヨン・ア・ピンの携帯電話が鳴った。その電話の声の主は、当時清水エスパルスの監督を務めていたアフシン・ゴトビ氏からだった。
「キャラ(ヨン・ア・ピンの愛称)、日本でプレーしないか?」
突然のオファーにヨン・ア・ピンは難色を示した。当時はオランダのトップ5のクラブに入ることを目標にしていたし、ELなど欧州のステージでも活躍したかったからだ。しかし、ゴトビ氏から発せられた言葉に、その気持ちは一気に日本行きへと傾いた。
「小野伸二もいるし、ユングベリ(スウェーデン代表)も来るよ」
あの小野伸二と一緒にプレーできる。「OK、OK」とヨン・ア・ピンは二つ返事で清水入りを了承した。
「小野伸二はオランダでトッププレーヤーだったし、フェイエノールトでUEFAカップを制覇したときのプレーを見ていて、『すごくうまいなー』と思っていた。そんな彼とプレーできるなんて、夢のようだったよ」
あの日、あのとき、ヨン・ア・ピンの電話が鳴らずに、小野伸二が清水でプレーしていなかったとしたら――。ヨン・ア・ピンが町田のユニフォームを着ることはなかったかもしれない。
「シンジ(小野)を自由にプレーさせたら、良いパスが出てくるから警戒したいね」
ヨン・ア・ピンは今節・札幌戦、小野とのピッチ上での再会を楽しみにしている。
(町田担当 大島和人)
2016/09/24 19:28