先日、ドイツ1部ウニオン・ベルリンへの期限付き移籍が発表された横浜FMの遠藤渓太。27日、オンラインで記者会見を開き、渡欧前の今の心境と移籍する覚悟を語った。
冒頭の一文は25日に発表された移籍リリースのコメントである。一見、悲壮さが漂うその言葉に込めた“意味”をこう言った。
「『1年後、帰ってきました。やっぱり自分、無理でした』とは絶対になりたくありません。言葉にすることで自分にプレッシャーを掛けるつもりで、その覚悟を込めました」
その裏にはやはり、ケイタ少年の憧れであり、お世話になった横浜FMへの深い愛情があった。
「マリノスでプロになることが、自分がこの街でヒーローになる唯一の道でした。小学生や中学生の時、陽の当たる場所にいたわけじゃない自分をステップアップさせ、(自分の才能を)見極めてくれた人たちに感謝したいです」
その一方で、6月に交渉が本格化した移籍は即決だったという。「正直、まったく悩みませんでした。移籍のチャンスが巡ってきて、誰しもがこの選択をすると思います」とプロとして当たり前の決断をした自負がある。
17年のU-20W杯韓国大会を機に意識し始めた欧州移籍。世代別代表でチームメイトだった堂安律(PSV)を皮切りに、クラブでも同僚となった久保建英(マジョルカ)や三好康児(ロイヤル・アントワープ)の同世代が次々と海を渡り、「身近な選手が海外に行って、活躍する姿を見るとおのずと自分も活躍したい気持ちが高まりました」と待ち望んでいた中での移籍の誘いでもあった。
そして早速、9月からは屈強な男たちが待ち受けるブンデスリーガでの戦いが始まる。
「ドイツ人は日本人と似て勤勉だし、走ることをいとわないイメージがあります。勝負になれば、違いを見せたいですね。ただ、行ってみないと正直分かりません。思っていたよりもできる可能性もありますし、圧倒的な差を見せつけられるかもしれません。その中で自分を見つめ直し、短期間で成長しながら、監督がどういうプレー像を求めているのかを頭でしっかりと処理して、練習から高いパフォーマンスを見せてきます」
欧州移籍で第一歩となるクラブでの評価が今後のサッカー人生を大きく左右するのは言うまでもない。ベルリンから始まる遠藤の刺激的な挑戦が、まだまだ続く壮大な夢物語のプロローグとなることを切に願う。
写真・©Y.F.M
(横浜FM担当 大林洋平)
2020/07/27 17:26