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[広島]槙野選手が移籍会見。「香川の前でゴールを決めたい」

槙野智章選手の1.FCケルンへの移籍合意会見が31日、広島市で行われた。

「夢が叶い満足していると同時にスタートラインに立った想い」と語る槙野選手は、海外挑戦を決めた理由を4年後のブラジルW杯に出場するためと説明した。

「目標だった10年の南アフリカのピッチに立てず、14年までの4年間で何をしないといけないかと考えた時に、今よりもワンランク、ツーランク上にいかないといけない」

その中で選んだチームはドイツ・ブンデスリーガで現在16位のケルン。

前浦和監督のフォルカー・フィンケと電話で話したことも決断理由の一つとなり、「DFラインの立て直しが必要と聞いています。左SBとCBでと聞いてますが、与えられたポジションで自分の価値を高めていくことも大事ですけど、CBで日本人が通用するところを日本にも世界にも見せていきたい」と抱負を語った。

広島で生まれて広島で育ってきた槙野はサンフレッチェとの別れに嗚咽を漏らして涙を浮かべる場面もあったが、「『広島で育った槙野智章』というフレーズを広めるため大きく躍動したい。ドイツでも沸かせるようなパフォーマンスをしたい」と話した。

今後は2日に渡独してメディカルチェック後に正式契約を結び、4日にはアジアカップを戦うためカタールへ入り、大会終了後にケルンへ合流する。


槙野智章選手会見コメント
「サッカーを始めた時から常に思っていたことが、W杯に出ること、プロ選手になること、海外でプレーすることでした。今は一つの夢が叶い満足していると同時に、スタートラインに立ったという想いです。目標だった10年南アフリカのピッチに立てず、14年までの4年間で何をしないといけないかと考えた時に、今よりもワンランク、ツーランク上にいかないといけないと思いました。これからは毎日が戦いだと思っています。
(海外移籍がが決まり)非常に満足してますけど、今まで一緒に戦ってきた仲間とプレーできなくなるのは心細いです。特に一つ上の先輩になる森脇君には非常に支えてもらいました。サッカーはもちろんプライベートでも面倒を見てもらって、わがままを聞いてもらいました。ユースの時からたくさんのいい思い出があります。一誠くんや洋次郎くんたち今まで一緒に戦ってきた仲間とプレーできないのは辛いです。僕はJrユースからサンフレッチェで育ててもらい、たくさんの人に支えられて今の自分があると思っています。今までそういう人たちの支えで、当たり前に笑ってサッカーをしてきた自分が広島でプレーできなくなるのは辛いですが、広島で教わったことをピッチで体現して、ドイツで新しい槙野智章を見せていきたいです。ユースで育ててくれた森山監督には人間的に成長させてもらいました。僕はこういう性格なんで、問題発言や問題行動もあって迷惑をかけましたが、見捨てることなく、移籍の報告をした時も喜んでくれ、『お前ならできる』と言ってくれました。非常に感謝しています。ペトロヴィッチ監督からもたくさんのことを学びました。経験がない僕をミスをしても起用し続けてくれて感謝していますし、攻撃が好きな僕をわがままにプレーさせてくれた。批判もあったパフォーマンスのアドバイスをしてくれたりしましたし、サッカー以外のところでも気を使ってくれるお父さんのような監督でした。
 今はドイツ語をマスターして監督と通訳なしでいろんな話をできるようになりたいです。移籍の相談も、監督、寿人さん、森脇君や親にたくさんしましたが、『国内なら反対』と言われ、『海外なら思い切って挑戦して来い』と言ってくれて決意は固まりました。
 サンフレッチェでの思い出は、たくさんあるんですけど今年のナビスコカップ決勝が強く印象に残っています。ただ、タイトルを取れず自分の力の無さを感じましたし、サポーターにタイトルと言う素晴らしいモノをプレゼントすることができず非常に残念でした。この悔しさはドイツで晴らしたいと思います。あと、タイトルを取れなかったことももちろんですが、広島に専用スタジアムを作るに値する結果を残せなかったことが心残りです。サポーターには、2年目から試合に出はじめて、降格、ACL出場権獲得やナビスコカップ決勝など波のある結果でしたが、5年目に初めてサポーターに応援歌を作って歌ってもらい、支えてもらいました。勝手に始めた劇場も期待してくれて一緒に笑って喜んでくれ、今年始めたパフォーマンスも反対することなくバックアップしてくれて、感謝でいっぱいです。
 サンフレッチェから初めて海外挑戦する選手となりましたが、僕は常日頃からサッカー文化を起こし、子供に夢を与えたいと思っています。僕が海外に移籍することで少しでも子供たちに夢を与えるきっかけになればいいなと思います。
ケルンに決めた理由は、環境面や経済面などをトータルで見て、自分のプレースタイルを発揮できる場所だと思いました。国内移籍はまったく頭になくて、広島から海外を見据えてやろうと思っていました。ドイツ・ブンデスリーガは、球際の戦いが強く、サッカーというよりも戦いだと思っています。
 今は2年半の契約と聞いて、代理人からはケルンは調子が良くなく、DFラインの立て直しが必要だということを聞いていて、左SBとCBでと聞いていますが、まずは残留を目指してやっていく中で自分がピッチに立つことを考えていきたい。
(ケルンは下位で監督もどうなるか分からないチーム状況ですが)不安はありません。自分の存在をピッチの中でも外でも発揮していきたいです。僕はSBとしていくつもりはなくて、CBとして認められたい。与えられたポジションで自分の価値を高めていくことも大事ですけど、CBで日本人が通用するところを、日本にも世界にも見せていきたいです。
 シーズンの途中で移籍することの難しさは分かっていますが、大事なのはコミュニケーションだと思っています。ペトロヴィッチ監督がドイツ語を話すのでサッカーのドイツ語は理解しているつもりですし、シーズン途中で移籍する難しさはコミュニケーションをとってクリアしていきたい。日本人対決はすごく楽しみにしていますし、長谷部さんや内田とは直接ぶつかりあうことはないと思いますけど、香川とは直接ぶつかりあうことになるので、香川の前でゴールを決めたいですね。ドイツでも”DFW”として守備も攻撃も通用するようになりたいですし、『広島で育った槙野智章』というフレーズを広めるため大きく躍動したい。ドイツでも沸かせるようなパフォーマンスをしたいと思っています」

(広島担当 寺田弘幸)

2010年12月31日 21:21

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記者プロフィール

寺田弘幸:今季で広島担当4年目を迎えるが、クラブは、入れ替え戦、J2降格、天皇杯決勝、ゼロックス優勝、J1昇格、と様々な舞台に連れて行ってくれ、今季はACLを用意してくれた。この経験を無駄にせぬよう、選手と共に懸命に駆け抜けていきたい。今季も平穏には終わらないことは覚悟しており、不退転を今年の目標にしている。

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